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エッセイの書き方

エッセイとは

エッセイというのは、「自由な形式で意見・感想などを述べた散文。随筆。随想」
(デジタル大辞泉)と定義されています。
「特定の文学的形式を持たず、書き手の随想(思ったこと・感じたこと・考えたこと)を思うがままに書き記した文章のこと」(実用日本語表現辞典)という定義もあります。

これらの定義から、エッセイとは
自由に書かれた散文。筆者の体験したこと、感じたこと、考えたことが書かれている。詩・戯曲・小説ではない】と言えるでしょう。

随筆とは異なるという説明も散見されますが、一般的に同じ意味で使われています。わたしもあえて厳密に区別する必要はないと感じます。「特定の文学的な形式を持たず」というくだりだけはちょっと同意しかねます。韻文ではなく、散文という形式であるのがふつうだからです。学校で書かされる読書感想文、小論文なども、広い意味ではエッセイと言えます。自分が備忘録として付ける日記などはエッセイとは言えませんが、自分が今日経験したことや感じたことを他の人に伝える文章なら、エッセイ的な日記文と言えそうです。


書き方

テーマを決める

まず、どんなテーマについて書くのか決めます。そして、そのテーマについて何が生じたのか、何を感じたのか、なぜか、まず骨組みをざっと書き出します。骨組みは見出しのようなものです。

構成

自由に書くのが、エッセイなのですから、別に構成など考えずに気の向くままに書いていいのです。それでも、読んで楽しく、ためになって、ほっとするような文章なら、それでいいのです。ただ、書きやすい構成はあります。例えば、まず自分が体験したことを書きます。そして、それについてどう感じたのか、思考のプロセスを書きます。何か自分の意見を述べるのなら、その理由や根拠を含めます。結論で、自分の考えをまとめます。

推敲

声に出して読んでみると不自然なところがわかります。大切なのは書き手には理解できても、読み手には理解できない部分があるということです。そこが、きちんと説明されているかどうか確かめましょう。

おもしろい、上手だと思うエッセイを分析する

とにかくたくさん書くことがエッセイに限らず文章上達の秘訣なのですが、同時に自分が面白い、上手だと思うエッセイを読んで、その書き方を学ぶ、まねるということも効果的です。どんな作家、エッセイストでも手本とした先達がいます。あなたにもそのような手本となる作品や作家がいることでしょう。ただ楽しみのために読むのではなく、どこが興味深いのか、なぜ面白いと感じたのか、どんな構成で書いているのかなど、分析しながら読んでみましょう。わたしがよく読み、参考にしている作家は阿部昭です。彼の「散文の基本」は文章を書く心構えや作家論など内容は多岐にわたりますが、エッセイ集といってよいでしょう。この本は以前紹介したことがあります。
https://heartwarming-word.blogspot.com/2022/10/akira-abe.html



あなたも自分がまねしたいなと思う作品や作家をよく分析してみてください。
そうすれば、あなたのエッセイが他の人に何か感動を与える日がきっと来ることでしょう。

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