宇野浩二の随筆「質屋の小僧」と「質屋の主人」は質屋を巡る悲哀と文学青年のエピソードが絡み合っている秀作です。そして、著者である宇野が、芥川賞の選考委員として三浦哲郎の「忍ぶ川」をそれほど推していなかったというエピソードを以前に書きました。
今回は、「忍ぶ川」の続編ともいえる「帰郷」のあらすじとそこで描かれている情景が宇野の随筆と重なり合っていることについてです。
「帰郷」のあらすじ
志乃と私は東京で新婚生活を送っています。私は小説を書いていますが、なかなかはかどりません。経済的には苦しくなる一方です。志乃は生活を支えるために内職を始めます。しかし、それとて生計をすべて賄うことはできず、家賃の支払いは滞っています。栃木にいる志乃の弟妹たちは夫婦のところに時折やって来ます。弟は要(かなめ)、妹たちは小夜子(さよこ)と多美(たみ)です。私は彼らをもてなすために金を工面するのですが、そのために古本屋に本を売りに行きます。古書店の主人は相場よりも高い値で買い取ってくれます。私は彼の指がインクで汚れているのに気づきます。彼も自分と同じように物書きを志しているに違いない。私はそう確信します。志乃は私の勧めで自分の着物を質入れしています。ある時、二人は古書店の前を通りかかります。古書店は夜逃げ同然で郷里に戻っていました。要と小夜子は元気よく働いて、少しずつ大人になっていきます。私は義兄として彼らを世話する心持ちでしたが、健康を害したあげく、妹の小夜子にお見舞いをもらう羽目になります。志乃と私は新しい命と自分たちのために帰郷することにします。
見どころ
著者である三浦哲郎は本作も体験に基づいて書いています。あらすじだけ見ると、パッとしない展開ですが、そんな状況を、かすかに光が射しているかように、美しく描く筆力と構想はかなりのものです。本や着物でお金を工面するところ、古書店の主人が物書きを志しているあたりは、宇野浩二の「質屋の小僧」と似ていています。もちろん、三浦がアイデアを借りたのではなく、売れない作家がよくたどるルートだったのでしょう。本作では、志乃と私の生きる様と要・小夜子の生き方が対比されています。一歩間違えると、お互いを非難して決裂してしまう危うい環境ですが、登場人物は互いに対する愛情を失いません。小夜子は義兄に本当のきょうだいになってほしいと泣き叫びます。私が年若い弟妹の叫びを苦しいながらも受けいれていくことが、読者に安心を与えていきます。
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