あらまし
昭和28(1953)年2月から7月にかけて毎日新聞に連載された源氏鶏太の小説。
源氏鶏太が「英語屋さん」などで直木賞を受賞したのが1951年。本作はその2年後に書かれた長編小説です。戦後の混乱から少しずつ高度成長に向かう時期です。善良な庶民が幸福を求めている姿を描いています。主な登場人物はみな善良で、優しい人たちです。源氏鶏太作品、特に初期の作品の典型的な設定と展開です。生きることにちょっと疲れているなら、本作の温かな人間模様を読んでみて下さい。
あらすじ
主人公は丹丸(たんまる)さん(59歳)で9年前に妻を亡くしています。7歳の正美君と暮らしています。ふたりが日曜日に釣りぼりでフナを釣っている場面から話が始まります。その丹丸さんの隣りに53歳の女性がやって来ます。花子という名前ですが、年を聞かれるよりも、その名前を尋ねられるほうが恥ずかしいと言って、ホッホッホと笑います。その花子さんも10年前に夫に先立たれています。何度か釣りぼりで隣同士になりますが、ある日花子さんが「ものは相談ですが、私をあなたの花嫁さんにする気はありませんこと?」と言い出し、丹丸さんは飛び上がらんばかりに驚きます。丹丸さんは再婚する気持ちはありませんが、花子さんはあきらめません。
丹丸さんの家の離れには明朗君とみさきさんという兄妹が住んでいます。そして、花子さんは息子の卓夫君、嫁の康子さんと一緒に暮らしています。丹丸さんと花子さんの関係はどうなるのか、同時にみさきさんの結婚話が持ち上がります。
見どころ
読み進めていくと、消極的な丹丸さんよりも明るくて積極的な花子さんが話の展開の中心になっていきます。そこに丹丸さんの娘の複雑な事情や明朗君とみさきさんの職場が絡んできます。善良な人たちの語り口が温かくて、ちょっとコミカルなのがとても楽しいですね。いろいろな人物とエピソードが出てきますが、源氏鶏太の文章はわかりやすいので、するすると読めます。
本作は新聞に連載された小説ですが、おもしろいホームドラマを見ているようです。連載が終わった2ヶ月後には映画が公開されています。59歳の丹丸さんと53歳の花子さんがお年寄り扱いされているのが、今とはかなりちがう感覚です。しかも、花子さんの方から結婚を申し込むという出だしが小説としてはうまいです。丹丸さんが、なかなか花子さんの積極的なところについていけないのですが、少しずつ惹かれていく内面の変化が、うまく表現されています。
登場してくる人物がみな「幸福さん」なのですが、何人か悪者も登場します。お高く留まっている加東君の母、金の亡者の弘子、夫の光一、そして丹丸さんの娘である美加子さんの夫の曾根です。この中でも最も始末に負えないのは曾根ですが、伝聞の形で語られるだけで、直接は登場してきません。こんなところにも善良や平和を好んで描く源氏鶏太の傾向が強く表れています。
こんな温かくて優しい交流があったらいいなと感じます。仕事や恋愛などで疲れているなら、ぜひ読んでみて下さい。心がほっこりしますよ。
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